現代日本において、”用を足す場所”を示す言葉は数多くあります。街にあふれる表記を見ても「お手洗い」「化粧室」「洗面所」などありますが、それはどれも用を足すことに付随する行為で言い換えたものばかり。外来語を考えても、「トイレ」はもともと化粧をする際の小さな布切れを表すフランス語toiletteが語源であるし、「W.C」も「Water Closet(水の小部屋)」、「Bathroom」も風呂、という風に婉曲した表現が多いです。
そんななか、日本語の「便所」はなかなか直接的な表現すぎる印象があるのではないでしょうか。だって「便」の「所」ですもん。
でも、よく考えてみれば「便」という字は「便利」「郵便」など、別の意で使う漢字でもあります。そう考えると、「便」のそもそもの意味は何なのか…?という思いが沸き上がり、気になってきたので調べてみることにしました。
”便”って何故、用を足す意味なのかな
「便所」という呼び名も婉曲した表現かも
発見日:2021年4月
便所の”便”の語源とは
「便」という漢字はそもそも、”人”をあらわす「亻(にんべん)」に、「更」という字がくっついた会意文字(意味を表す文字)です。
「更」の旧字は「㪅」となります。この「㪅」の上の部分「丙」は「台座」を表し、下の「攴」は「卜(ボク)」という(叩く)音と「右手」を表す「又」が組み合わさって「手で打つ」の意を持ちます。そこから「㪅」とは、「台座を手で力を加えて平らにする」さま → 転じて「あらためる/かえる」という意味を持つようになりました。
つまり、「便」は、人があらためたもの、→そこから「都合がよい」状態を表すさまとなったようで。この用法として「便利」「便宜」という語が用いられます。
そう、「便」という漢字はそもそもは用を足すという意味はなかったようなんです。
どうして「便」が用を足す意味になったの?
便
この「便」ですが、いつの頃からか「大便・小便」のように「用を足す行為/排泄物」の意味で使われるようになったいったそうです。中国の後漢(25-220)頃に編纂された「漢書」などでこの用法も見られるらしく、日本でも古くから排泄の意味で使われています。
しかし、どうしてこの意味で使われるようになったのかは、実はよくは分かっていないそうです(大修館書店の「漢字文化資料館」による)。「支障なく出る」こと=これがすなわち「安らかな状態」を表しているということなのだといわれます。
ほう…。これはつまり「便」もまた婉曲した言い方だったとも言えますね。安らかな状態は「休憩所」「restroom」の考えに近いような気もしますし、「支障ない」は日本語の「用を足す」という表現に近い気もします。いつの時代・場所もニュアンスが通じますね~。
ほかに排泄を表す漢字は?
「便」のほかに、漢字一文字で排泄を表す文字は「尿(にょう)」「屎(し・くそ)」そして「糞(ふん・くそ)」です。これらは排泄する行為というより、排泄物そのものではありますね。
面白いのが、「尿」「屎」の字の成り立ちを見るとそれぞれ、人が排泄している様子を描いています。
尿
屎
「人」を横から見て、前から雫が出ているのが「尿」、人の後ろから排泄しているのが「屎」です(笑)。おおお~!これらは、トイレマークに通じるものを感じて、個人的に少し感動です!
一方、「糞」ですが、これは畑に肥料をまくさまと言われます。これは人が排泄したものというより、フンになったあとの使われ方を表現しているようですね。興味深いです。
このほか、日本語ではほぼ使われていないものの、中国語の方では「屙」という字が「排泄する」の意で使われているようです。「屙」は形声文字となり、尸(しかばね)は(死体などの)人の形を表し、阿はただ発音を表します。日本語では「ア」と読むようですが、現代中国語ではオとウの間くらいの”ē”で発音します。「う゛~」とうなっているイメージだったら面白いな…。となると、妙に親近感が沸きますよね。
なお、排泄の「泄」の字は、さんずいは水、「世」の部分が「時間がかかるさま」を表現し、合わせて「じわじわと漏れ出すさま」を表しているのだそう。これは人に限らず使います。
これらを見てくると、「屎尿」という文字が一番トイレマークと近しい感じがしますね。
でも、その呼び名に直接の漢字が使われることはあんまりない
前述のとおり、漢字そのものの成立ちを考えると、トイレを表すのには「屎尿」の漢字を使うのがいいような気がしますが、トイレを表現するのにこの字を使われたものは…ないですね。「尿所」「屎所」「糞所」なんて言わないですもん。そのまますぎ?
人はやっぱり昔からトイレを婉曲してきたのだろうな…。それは漢字や呼び名でさえ…と思うと、やはり面白くあります。呼び名が直接表現がないのだから、そりゃマークも直接表現は難しいよね!なんて納得。いや…でも、トイレマークに関しては直接的なものもあることにはあります。
用を足す最中を描いているもの↓
ということで、トイレの表現については婉曲ばかりだったようです。「便所」なんて直接すぎ~!と思いきや、「便」もある意味言い換えだったわけで。そして今も、一番といっていいほど言われる表現「トイレ」も、外来語でまろやかにしていますしね。そういや、私が飲食店でバイトしていた時はさらに言い換えて「三番」なんて言ってたな…。こうして言い換えを重ねていくんだろう…。
ちなみにこのトイレマークは…
で。最後に今回のトイレマーク自体を見てみると、さして突出して珍しいものではありませんが、女子が黄色なのがイイですよね!黄色女子は今まで数件ありました。
また、女子は形も上半身がポンチョなのか腕なのかよくわからないスタイルです。でも、このスタイルは定期的に見かける形でもあります。
はー。しかしこうして考えると、男女の並び姿だけで「便所」の表現になるとは、トイレマークってかなり飛躍しているな~。としみじみ思うのでした。
参考
伊東 信夫 「成り立ちで知る漢字のおもしろ世界 人(ひと)編―白川静著『字統』『字通』準拠」スリーエーネットワーク 2007年7月
漢字文化資料館「Q0507「郵便」や「定期便」などに使われる「便」は、どうして排泄物の意味でも使われるのですか?」https://kanjibunka.com/kanji-faq/mean/q0507/ 2021年5月閲覧
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