アントニオ猪木さんのトイレマークを紹介します。
1、2、3、
ダ~ッ!
発見日:2008年8月15日
提供:S様
アントニオ猪木さんのトイレマークのあった場所は?
今回のトイレマーク、職場の先輩のS様が撮ってきてくださいました!
場所は、「アントニオ猪木酒場」。
アントニオ猪木さんを前面に出した居酒屋さんで、昭和のプロレスをモチーフにして内装や食事を凝っていたそうです!
2008年に福岡にあった店なのですが、現在は閉店しちゃっています。今はもう見られない貴重なトイレマークの写真です。s様には感謝しきれません!なお、新宿にはまだ「アントニオ猪木酒場」があるようなんですけどね。新宿の店舗にはこのトイレマークがあるのかわかりません。
トイレマークは…
トイレマークをじっくり見ると…一般的なAIGAのトイレマークの顔を、猪木さんのものに変えられているようです。
AIGAのマークに関しては以下を参照ください。
男性はシンプルに顔が猪木さん。
女性…も、顔が猪木さんです。猪木さんは男性ですが、顔の方にはリボン等女性用の小物を着けたりせず、小細工なしで勝負しています。
水色とピンクの色合いが、ファンシーな雰囲気を演出していて、リアルな猪木さんの肖像とともにシュールなトイレマークとなっています。また、男女ともに首をかしげているのが面白いですね。
これは猪木さんが国民的な顔として親しまれていたからこそ、通じるのだと思います!顔がここまで人々に認識されているのはスゴイです。
アントニオ猪木さんとは…
ここまで誰しもわかる顔をしている猪木さん、今更ながら、アントニオ猪木さんについて軽くおさらいしておこうと思います。
アントニオ猪木さんは、1943年2月20日生まれ、横浜市出身。戦後13歳のときにブラジルにご家族と渡り、コーヒー農場で働き青年時代を送ります。
その後、興行でブラジルに訪れた力道山さんにスカウトされ1960年に日本へ帰国、レスラーの道へ。1960年にデビュー後、1962年に「アントニオ猪木」と改名します。
1963年に力道山さんの死後、1964年から2年間はアメリカへ武者修行に遠征、1966年に帰国し、日本で活躍、1972年「新日本プロレス」を旗揚げ、1983年にはリーグ戦「IWGP」を立ち上げます。1998年に引退しました。
政界へは1989年に進出し、「スポーツを通じて国際平和」をかかげイラクでの人質開放へ貢献されたり、北朝鮮へたびたび訪れるなど活動されました。
結婚は4度しており、2番目の妻は女優の倍賞美津子さんで、二人の間には娘さんがお一人いらっしゃるそうです。
アントニオ猪木さんトイレマークまとめ!
ご当地もののトイレマークはたまにあれど、ここまで衝撃的なものは滅多にありません!
いろんな施設が、こうしてトイレマークでもっと冒険できるんだ!といった可能性を感じられる眼福の1枚ででした。
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