紙雛のようなトイレマークを柳川で発見!‐No.477

トイレマーク ――その他アート

紙雛のようなトイレマークを紹介します

俺、強そうだろ?

がっちりしてるわね。

発見場所:福岡県柳川市 旅館「柳川藩主立花邸 御花」
発見日:2011年8月7日
提供:中村様
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紙雛のようなトイレマーク!

今回のトイレマークは、紙でできた立雛のようです。

紙ではないですが…立雛というと、こういった感じですね↓。

紙による立雛は、ひな人形の原型になったと言われています。当初は、紙などでつくった人形(ひとがた)で自分の体をなでて穢れを移し、川や海へ流すというものでした。

江戸時代の初め頃までは立ち雛が主流だったようですが、江戸時代の中頃になると、座り雛が定番となり、だんだんと武家の嫁入り道具として御付きの者や調度品が増えるなど豪勢になっていったようです。

また、個人的にこの立ち雛をみて、「女子の帯が細いな…」とも思い、調べてみましたが、帯に関しても、江戸時代初期までは、帯は細かったようです。しかも、前結び。それが中期以降になると帯も太くなり、後ろに結ぶようになっていったようです。

江戸時代初期までは、こういった形のものが主流だったようです。

なぜ紙雛のトイレマーク?

ここ柳川といえば、ひな祭りが有名です。

medetaiさんによる写真ACよりの写真

特にこの地方では、縁起もののウサギやヒヨコ、また、「柳川まり」をひもで吊るした「さげもん」が有名。毎年時期になると市内の様々な場所で展示され、市を挙げてのイベントとなります。

柳川は水郷でもあり、ひな祭りイベントの最後を飾るのは、無病息災を祈っての「流し雛」なのだそうです。

しかし、実際に流す流し雛は、冒頭のトイレマークのような形をしているわけではないようですが…。ひなまつりを意識してはいるんじゃないかな?と思います。

「立花邸 御花」とは?

hakata-monogatariさんによる写真ACからの写真

今回のトイレマークは、旧柳川藩主の立花家の邸宅「御花(おはな)」にあったそうです。現在は旅館・式場として使われています。

この「御花」というのは、江戸時代、このあたりが花畑だったことから、人々から親しみを込めて「御花」と呼ばれていたというエピソードからだそう。

立花家は明治になると華族となり、洋館を建築。現在は洋館と日本建築の大広間、そして日本庭園「松濤園」があり和モダンの空間が広がっています。大名時代から伝わる甲冑やひな人形などを展示した資料館などもあり、柳川の観光地として有名です。

 

 

 

 

 

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